一攫千金の夢-山下財宝 友人の夢

前回の記事でフィリピンの金鉱山の事を書きましたが、今回は同じ「金」でも「山下財宝」と呼ばれる一攫千金の夢を追って日本人を含む大勢の方々がフィリピンの所々で発掘に挑戦している記事を書きます。

山下財宝の事は此処で新たに説明しなくても皆さん良くご存じですね。

これにまつわった詐欺事件等も後を絶ちません。

本当に有るのか否かは私にも分かりませんが、実は私の日本人の友人Y氏もこの夢を追ってフィリピン中に穴を掘って探していました。

そして数年後、その友人Y氏は念願の「金塊」をとうとう発見したのです。

マッチ箱ほどの金塊でした。

マニラより車で北へ数時間行った場所です。

彼が有力な埋蔵場所の見当を付ける方法は、先ず大戦時に大日本帝国軍の基地が有ったと言う場所を探し、実際にその場所に行き、昔からその地に住んでいる老人の方達に当時の帝国軍の想い出話しを上手く聞き出すんです。

その内に、その老人達の口からヒントを得るのですね。

Y氏が、マッチ箱ほどの金塊を見付けた時も、この方法で見当を付けて見事に金塊を探し当てました。

その時の老人のお話しでは、

「大戦中、帝国軍の軍人方々が木製の橋が掛った小川の有る山で道路工事作業をしているのを見ていた時に軍人の方が二股に分かれた木の所で何かを埋めていた覚えがありますよ。只、何しろ子供の頃の事なので今思い出そうとしても・・・はて?何処だったか? それは何だったのかね〜〜?」

この一言でY氏は「ピン」と来たのです。

勿論、Y氏はその日からフィリピン人の仲間と共に「二股に分かれた木」の捜索に没頭しました。

そして数日後、周辺の情景はかなり老人の話しとは変わっていたものの遂にそれらしい木を発見し、長刃を装着したドリルで木の根元から所々揉み始めました。

何本目かの穴を揉んでいた時に、急に手ごたえが軽くなり、その後、何か硬いものに刃先が当たりました。

もしやと思い、その部分をチェーンソーで切りました。

その部分の木の中は空洞になっており、何とも言えない物凄い悪臭・・・吐きそうな臭いがしたとの事です。

勇気を持って中に手を入れて探り始めて数十秒後、「ズシッ」とした重い感触の物体を見付けました。

「これは鉄の重みじゃない !!」

小さいながらも正しく念願の「金塊」だったのです。

そして以前から話を付けていたマニラのバイヤーの元へ走り売却しました。

数十万ペソになり、発掘仲間の数人のフィリピン人と同等に分けました。

その時の写真を見せて頂きましたが、素人の私が考えていた「金」とは全く違うくすんだ色をしていました。

フィリピンで財宝探しを始めて3年目の出来事でした。

結果的には、その3年間の間に日本から持って来た掘削の為の数々の大型〜小型建設機械が土砂の崩落や洪水で埋まってしまったりして発掘資金も底を尽き、大借金だけが残りましたのでマッチ箱の金塊が出ても儲かってはいなかったんですが。。

現在は、財宝発掘に関してフィリピン国の法律に依って色々な取り決めが施行されているとの事ですね。

そのマッチ箱の金塊が果たして「山下財宝」の一部であったのか、又は「その部隊の私物」であったのかはY氏にも分かりません。

数年後、Y氏は他の場所2〜3ヶ所に大量埋蔵場所の見当を付けたらしいと聞きましたが・・・。

Y氏は元気だろうか・・・・次回の渡比の折りに久し振りに彼の家に寄ってみようかと考えております。

屈託のない笑顔で誰にでも好かれていた彼の得意な「もつ鍋」の美味が懐かしく想い起こされます。

彼は、フィリピンでは自分の仕事を持っていましたので、その仕事で資金を貯めては又財宝探しに行っている事でしょう。

(参考までに、これも数年前のお話しですがアメリカ人老夫婦がスマトラの刻印の有る金の延べ棒をマニラ空港から海外に持ち出そうとして空港税関当局に身柄拘束されてしまった事件も有りましたね。
こう言う類の事件の続報はまず有りません。間違いなくフィリピン人の懐に入ってしまうからです。老夫婦は、金の延べ棒は没収され、尚且つ恐喝まがいの数々の罰金支払いやらで散々な目に遭われた姿が目に浮かびます。)

何れにしても「一攫千金」・・大変に難しいと言う事でしょうか・・・・。



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