実録 レイテ沖海戦

ー神風特別攻撃隊 敷島隊ー

昭和19年10月25日敷島隊は関大尉指揮のもとに午前7時25分、フィリピン最大の島・ルソン島パンパンガ州マバラカットの海軍201航空隊基地を飛び立った。

部下隊員は
・1等飛行兵曹中野磐雄 (福島県相馬郡原町南新町出身)
・1等飛行兵曹谷暢夫 (岐阜県掛斐郡西郡村出身)
・飛行兵長永峰肇 (宮崎県寓崎郡住西村出身)
・上等飛行兵大黒繁男 (愛媛県宇摩郡川龍村出身) の4人であった。

同日午前10時45分レイテ近海にて米海軍空母群を発見、先ず関大尉機が米・護衛空母「セント・ロー」に突入爆破、20分後に沈没させた。
他の隊員は米艦カリニンベイ同キトカンベイ・サンガモン・サンテイ・スワニー・ホワイトプレンズ等へ突入大破の戦果を上げた。

ー関行夫大尉ー

1921(大正10)年8月29日愛媛県西条市生まれ。

海軍兵学校(第70期)卒業後、戦艦「扶桑」に乗り組み、昭和16年12月8日の真珠湾攻撃に参戦。

<関行男大尉の遺書 : 享年24歳>

西条の母上には幼時より御苦労ばかりおかけし、不孝の段、お許し下さいませ。

今回帝国勝敗の岐路に立ち、身を以って君恩に報ずる覚悟です。

武人の本懐此れにすぐることはありません。

鎌倉の御両親に於かれましては、本当に心から可愛がっていただき、その御恩に報いる事も出来ず征く事を、御許し下さいませ。

本日、帝国の為、身を以って母艦に体当たりを行い、君恩に報ずる覚悟です。

皆様御体大切に。父上様、母上様。



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