日本国航空自衛隊 救難機女性パイロット

近年は、航空業界でも多くの女性方が「航空レディース」として第一線で活躍しています。
女性ならではのきめ細かさがあります。

こちらは、竹之下 寿子さん。

ー父を追い海上自衛隊の女性パイロットになったー

「子供のころ、飛行機を見ると父が操縦していると思って『お父さーん』と手を振っていました」。
父親っ子の娘は、長じて父と同じ道を歩み始めた。

海上自衛隊の教育課程を修了、海自四人目の女性パイロットとして厚木航空基地(神奈川県綾瀬市)に配属された。
父正勝さん(49)も同基地勤務の現役パイロットで、自衛隊初の父娘二代パイロットの誕生だ。

鹿児島県生まれだが、正勝さんの転勤で全国六カ所の基地を移動。
中学二年生から高校卒業までを板野郡松茂町で過ごした。
「飛行機好きは育った環境のせいかな」中三の時、正勝さんが「女の子が合格したよ」と自衛隊初の女性パイロット誕生のニュースを教えてくれたことが、志望を決定付けた。「女性でもなれるんだ」。夢が膨らんだ。

一九九七年三月、城ノ内高校を卒業。女性の競争率四十七倍を突破して自衛官航空学生に。
約三年八カ月間、航空力学などの専門知識を学び、計二百七十時間に及ぶ訓練で飛行技術をたたき込まれた。
そのうち九九年十二月から二〇〇〇年七月まで、徳島教育航空群でも学んだ。
訓練は厳しく休日もほとんどなかったが、中・高時代の友人たちとの電話が心の支えになり「頑張って」の一言に励まされた。

現在は、駆け出しのP-3C対潜哨戒機副操縦士として奮闘する毎日。
「正式に配属されて、これまで以上にクルー全員の命を預かる責任感を感じています。一生パイロットを続けたい」。目標は女性機長だ。

女性パイロットがもっと増えてほしいと願う一方、女性を意識することは少ない。
「男性の同僚とはおふろで一緒に愚痴話ができないのが違いかな」

しかし単身赴任中の正勝さんは「まだまだ男社会だから」と父親らしい心配も。
同じ基地配属なので休日は父親孝行するつもりだ。二十二歳。二等海曹。

http://www.topics.or.jp/special/12254542636/2001/01/11660914883285.html

(以上、徳島新聞WEB 2001/1/11 19:17配信より)

当「FDSA航空学校」にも2年おきぐらいの頻度で、女性パイロット訓練生さんが入学しています。



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2 返信
  1. アジア素浪人
    アジア素浪人 says:

    私もこの記事をだいぶ前に読んだ事があります。
    P3-Cと言えば言えば最前線任務、米軍にはJet Fighterのパイロットもいると来ます。
    確か彼女のご主人P3-Cのパイロットと記憶します。

    ビバフィリピン女性を、日本女性の社会進出を嘆くブログもありますがご存知なのか。。。。

    返信
  2. FDSA
    FDSA says:

    アジア素浪人さん。

    コメントをありがとうございます。
    何故か女性の社会進出を嘆く方がいるのは事実ですね。
    私の母は昔、生前ですが「りんごの行商」をしておりました。一日20km前後も山河を歩いてりんごを売っていた母の姿が脳裏に焼き付いておりますので、働く女性を見ると本当に素晴らしいと素直に感じてしまいます。

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