自民が台湾の小学校に義援金の御礼へ

台湾の「中華民国建国100周年」祝賀式典に出席する自民党議員団(団長・麻生太郎元首相)は来月9日、小遣いを持ち寄って東日本大震災の義援金を日本に送った台中市の建国国民小学校を訪問して謝意を伝える。小学校訪問は、7月7日付の産経新聞報道がきっかけ。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110929/plc11092920580018-n1.htm

ー台湾大地震の「恩返し」 校舎再建の小学校、児童が小遣いを義援金ー

東日本大震災の被災者支援のため台湾から日本に送られた義援金は、世界最大級の約173億円(6月15日現在、台湾外交部調べ)に上った。
大半は民間からの善意。1999年の台湾大地震で校舎が倒壊し、日本の義援金で校舎を再建した台中市の小学校では、子供たちが自分たちの小遣いなどから約190万円を送った。
「隣国の友人に恩返しを」。親日的な台湾に熱い支援の輪が広がっている。(西見由章)

台中市中心部から東に約10キロ。
小高い山々のふもとに位置する健民国民小学校では、東日本大震災発生から間もない3月13日、謝進立校長(55)が児童や保護者に支援を呼びかけた。
「日本の友人が重大な災害に遭っている。私たちは積極的に行動すべきだ」

約280人の子供たちは自分の小遣いを持ち寄り、先生に預けた。
教諭や保護者、地域の人からも義援金が集まり、計約190万円が日本赤十字社に送られた。
謝校長は「恩義を忘れない、という心の教育でもあるのです」と話す。

台湾大地震は発生が未明だったため、児童らにけがはなかったが、3階建ての校舎が全壊。
近くの空き地の仮校舎などで授業を強いられた。
平成7(1995)年の阪神大震災を経験した兵庫県などから約2億8千万の募金が送られ、4階建て校舎が2003年10月に完成。
校庭には「感恩亭」と名付けたあずま屋も建てられた。

6年の謝金玲さん(11)は「東日本大震災では津波もあったから、台湾の地震よりもっとひどかったと思う。でも、被災した人の態度がすごく冷静で印象に残った」。
6年の何(か)佳凌さん(12)も「とにかくもとの生活に早く戻ってほしいという思いで献金しました」と話す。

一方、日台の地域間で続く交流が支援につながったケースもある。

愛媛県松山市と台北市松山区は、同じ地名が縁で平成19(2007)年に交流を始めた。
今回の震災を受け、松山区で支援の声を挙げたのは、地域の人々の信仰を集める道教の神をまつる施設「松山慈祐宮」の関係者。
信者らの寄付をもとに、約3千万円が松山市と愛媛県に送られた。

慈祐宮会長の陳玉峰さん(62)は「日本は台湾と同じく地震が多い国。隣同士だから助け合いたい」。
松山区の余淑ギ区長も「まさかの時の友は真の友。深い友情で結ばれている松山市を通じて被災地を支援したい」と話した。

http://sankei.jp.msn.com/life/news/110706/trd11070620020017-n1.htm

(以上、産経ニュースより)

日本国内のメディアで、此のニュースを取り揚げたのは「産経」だけ・・。

「謝謝!台湾!」



にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ

0 返信

返信を残す

Want to join the discussion?
Feel free to contribute!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です